この記事を書き始めるにあたり、令和6年能登半島地震により被害に遭われた皆さま、そして大切な方を突然失われたご遺族の皆さまに、心よりお悔やみ申し上げます。また、発災直後より救助・復旧・復興に尽力されているすべての方々に、深く敬意を表するとともに、心から感謝申し上げます。
2年前の元旦。 あの日の岡ホテルは空室も多く、静かで穏やかな空気が流れていました。私は家族といつも通り近所の神社へ初詣に行き、ホテルに戻って娘と一緒にピアノを弾いて遊んでいると、突然スマートホンの緊急地震速報のアラームが鳴り響きました。
揺れの後の判断
震度5強の揺れが収まった後、まずは誰一人怪我をしなかったことに安堵しました。
余震に備えて子どもたちの安全を確保したあと、頭に浮かんだのは客室と設備の確認でした。いくつかのお部屋で破損が見つかり、状況把握に集中していると、 数十分のうちにオンライン予約が殺到し始めました。 交通機関が止まり、帰宅困難になった方々からのご予約でした。
正直、焦りました。 まだお部屋の安全確認が終わっていなかったのに、予約を止めることをすっかり忘れていたからです。 なんとかお客様に事情を説明し、レストランでお待ちいただいた後、安全確認済みの部屋から順にご案内しました。
あの日、大変お待たせしてしまったお客様、逆に励ましてくださり、 破損物の掃除まで手伝ってくださったお客様、本当にありがとうございました。つたない対応で申し訳なかったですが、今思えば、すぐに予約を止めてしまったら帰宅困難な方がさらに増えていたかもしれません。結果として、あの判断が誰かの助けになっていたのならと、今は思っています。
九州地方整備局の皆様との数ヶ月
日が経つにつれ、被害の深刻さが明るみになっていく中で、当ホテルでは数名の被災者の方と、現地で復旧に向けた活動をする方々で、あっという間に満室になりました。
中でも九州地方整備局の皆様には、春先まで部隊が入れ替わりながらも長くご滞在頂きました。早朝から出発し、深夜遅くに戻られる日々で、中には被災地で車中泊をすることさえあったようです。毎日過酷な環境でも活動を続ける九州地方整備局の皆様には、心から頭が下がる思いでした。